2013年09月30日

静寂

覚醒した時の体験をね、
少し、物語(神話)っぽく書いたのが「天照らす」なんだ。
3日くらいで全部書いたけど、書き始めた時は、
あんなに長くなるとは思ってなかった(笑)。
5年前(?)の覚醒時には、古事記っぽいとは全然感じなかったし。

それを書いてる時に、ふと、気がついた・・・というか
以前からきづいてたけど、やっぱそうか・・・と思った事。

それは、あたしは「静寂」を体験してないかも、という事。

人によってね、ゼロポイント とか
まったくの無 とか
よびかたはいろいろ聞くけれど、
なんか、それ、体験してない気がする。
だって、ゴーンゴーンという振動はずっと続いてたわけだし。
(あたしはその振動は、「自分は消えたけど事象は存在する」っていう意味で書いたよ)
回転してない中心(回転数ゼロ)は、神との交信点、という事はわかるんだけど。
そこに、一瞬でもすくっと立った事ない気がする。
時間が無だった という体験をしてない、というほうがわかりやすいかな。

だから、すぐに、また自我に巻き込まれちゃったのかなー。
一度覚醒して、自我に引き戻されると、なんていうか、前よりもっと苦しい気がする。
ゴールが見えているだけに、そこにたどり着けないのが、ものすごくもどかしい。

だから、「静寂」を体験したくて、精神世界ブログを渡り歩いていたんだ。
覚者のアドバイスがほしかったんだ。
なんとなく方法は、「瞑想」って事はわかった。
それで、やってみようかな・・・ぐらいの所まで来て、
ちょろっとやってみたりして、行きつ戻りつしてるのが、現状なんだ。
なんか完全に「静寂」に行くのに、尻込みしてる気もするし。
あ、やっぱり、そうなるのが怖いのかもしれない。
まだ逃げてるなー。


posted by 辰多みか at 11:35 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年09月02日

瞑想する目的D


瞑想する目的とは・・・

2、3日だけ、ヴィパッサナー瞑想をやってみて気が付いた事は・・・

実は、瞑想とは・・・



「瞑想し続けられない」という事を思い知る事 だと思ったんだ。
「瞑想が続かない」という所に、瞑想を続ける真の意味がある と思ったんだ。
うん、あたしは、まだ本当の瞑想状態になってない(はず)なので、
ちょっと言葉が間違ってるかもしれないから、
「瞑想の前段階の、思考を完全に停止させる事は、なかなかできない」かな。


たぶん、たった1日だけであっても、
「今の自分の状態」を、絶え間なく実況中継し続ける事は、不可能だと思うの。
どうしても、「思考(雑念)」が沸いてくるの。

で、それでいいし、それが普通だし、
そこに気付くのが、瞑想の目的なのでは、と思ったんだ。

ふと、「実況中継」が、途切れる。
自分では意識しないまま、「思考の虜」になる。
そこで現れる思考、それは、パターン化されている事に気付く。

「いつも同じ事考えちゃうな。」
「いつも、こういう失敗をしてしまってたな。」
「いつも、こういう嫌な思いをする。」

あたしは、自分の実況中継が途切れている、と、
ハッと気が付いた時、いつもいつも、
同じような事を考えていたのよ。

たぶん、瞑想をしてもしなくても、その事は、常に頭の中で
繰り返し、繰り返ししていたのだろう。
「実況中継が続かない」事に気が付いた時、その思考のパターンに、同時に気が付いた。

いやーん、こんなに、恨みつらみみたいなのを、
24時間ひっきりなしに考えていたんだったら、そりゃあ、幸せになれるはずないよ。
だって、ずーっと怒ってるし、ずーっと不機嫌。
(たぶん寝てる間も夢で見てるわ。だから24時間。)

こんな事があった、文句が言いたかったけど言えなかった、反論したかった、
それを延々と思い出している。
あたしは、何が目的でそれを思い出しているのだろうか。
思い出している張本人がわかってないんだから、まぁ誰にもわかるはずないよね。
実は、それを「思い出せ」ってけしかけているのは、あたしが自分の
奥底に押し込めてきた、トラウマとかインナーチャイルド(自我ともいう)
なんだろうし、それを一番わかっているのは、インナーチャイルドなんだろうけど、
なかなかその訴えに、普段は気が付かない。

あたしは顔は無表情だろうけど、そういうのって、雰囲気で、きっと毛穴から出てるよね。
だから、まわりのみんなも、この人怖い〜って、思っちゃうよね。
それでまた、悪循環なんだ。

ほんの2、3日、ヴィパッサナー瞑想をやってみて、そう思った。
でも、たぶん、あたしはまだ瞑想の入り口に立っただけで、
きっと、この続きが、あるんだろうな、と思うよ。
宇宙との一体感や至福を体験する事。
それが楽しみでもあり、「自我」は「危険だ」と、あたしにむかって警鐘を鳴らし続けている。
それは幻聴だと見抜けるのに、なかなか本腰が入らないのはその警鐘のせいかもしれない。
それか、別に理由があるのかもしれない。
さっき、「別の理由かも」と思う事を、思い出したわ。
それは、あたしが「やらかしてきた事」なんだ。
それに向かい合うのが、ホントは嫌なんだろうな。

それでもちょっとずつ瞑想してみて、発見があったら、後日Eで続きを書くわ。

posted by 辰多みか at 15:50 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年09月01日

瞑想する目的C

ようやく本題が書けるわ〜。

@、A、B、という事で、ヴィパッサナー瞑想をやってみよう、と思い立った。
どういう風にやるかというと、
まず、座っても座らなくても、動いていても、よくて、
頭の中で考える事は、今自分が、何をしている、何を感じているか、だけ。

今ね、あたしは、パソコン打ってるじゃん。
書く、という動作は、手と同時に頭を使うから、瞑想には不向きなんだけど、
あえてやってみるとね、
あ、( )内は、補足説明ね。


画面の白い所を見てる。(あたしは一度、メモ帳に書いて保存してから
ブログにコピペしてupしているのだ)
膝の上の方がかゆい。かゆい。
顔もかゆい。掻く。
あら、いろんな所がかゆい。掻かない、かゆい。かゆい。(かゆい、と思い
続けていると、かゆくなくなるんだって!)
かゆいかゆい書いてたら、なに書くか忘れたわ。忘れた。忘れた。思い出す、思い出す、
(この、「今の実況中継」は、三回ずつ行うんだって、あたしは今二回しか書いてないけど)
そうだ書くぞ〜書くぞ〜、書くぞ〜って、書くぞ〜
・・・
みたいな。
(笑)

これを、一日中、やってみる。
やってみるのは、とても簡単で、いっぱい発見がある。
あたしは、ごはんを作っている最中とか、特に、いろいろ考えているみたい。
「思考の虜」になっているみたい。
それは、この瞑想をやってみて、改めて気が付いた事なんだ。

この、ヴィパッサナー瞑想を、始めてみるとね、
最初は、割と好調に、今の自分の実況中継ができるんだ。
ごはんを作っている時、
右手、包丁。切る。切る。左手、きゅうり。おさえる。
ボウルに入れる、入れる、落とす。入れる・・・

と、ずっとやっていくわけなんだけど、
途中で、必ず「思考」に捕まっちゃうんだ。
つまり、「自分の今の実況中継」するのを忘れちゃって、
過去の事の反芻ばかりで、頭がいっぱいになっちゃうの。

あの時、言われた事。
言われて嫌だった事。
言いたくて、言えずに飲み込んだ言葉。
妄想の中では言える、相手を打ち負かす言葉。
それに反応する、妄想世界の中の相手。

それを、延々と、延々と、頭の中で繰り返している。

はっ と 気付くのよ。

あ、実況中継するの、忘れてる、と。

あれ、あたし、こんな事、いつも考えてるんだー、と。
(自覚はいつもあるんだけどね)

そういう、思考が浮かんできたら、「ダメだ」とは思わなくていいの。

浮かんだな、で、OKなの。
そしてまた実況中継にもどる。

きゅうり。塩、塩、もむ。もむ。・・・

不思議な事にね、こうやって、自分自身を観察し続けると、
他の事に気が回らなくなっちゃうかも、と思っていたら、
まったく逆だった!

なんと、目は、他に向くようになって、
いつもは、気が付かない事、そう、食卓でもう食べている家族の、
お茶が足りないな、とか、おかずに手が届かないな、お皿を出そうとか、
そういうのに、ものすごく、気が回るようになった。
本当に不思議。

その時も、ずっと実況中継をしているのよ。
食卓、お皿、足りない、足りない、食器棚、右手、開ける、出す、出す。
右足歩く、左足・・・

いかに自分が普段、思考に囚われていたかが、わかるようになった。
思考に囚われている最中、じっ・・・と考え込んでいて、
それも、もう済んでしまった過去の事ばかり、恨みのエネルギーとか
そんなのがモヤモヤ出てるような過去の記憶を、する必要もないのに、
もう一度頭の中で経験しなおしているのよ。
そんな時は、家族のお茶が足りない事とか、いっさい、気が付かないの。

それが、瞑想 してみて、最初に気が付いた事なんだよな。
あと、まだ、気付いた事はいっぱいあるんだよ。
Dに続く。
posted by 辰多みか at 11:31 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

瞑想する目的B

さあ、今度こそヴィパッサナー瞑想まで行けるかな〜?

@とAは、今のあたしの状況説明で、いっぱいになってしまったわ。
あたしは今、悟り後の修行中だという事。

後回しにしてきた宿題(「ノー」と言う事)が、いよいよ後回しに
できなくなってきて、(いや、一生後回しにしても別にいいんだけれど)
生活に支障が出るくらいになってきたから、具体的にいうと、「無気力」
になってしまったから、やっぱり後回しはよそう、と、ようやく重い腰を上げる気になったの。

いろんなhow toを読んだわ。
ネットで。
スピリチュアル的に後押ししてくれる言葉を探したり。
「発言小町」で、「あたし」と「響子さん」に近い例を探して、
世間一般の意見を見てみたり。

そんなこんなのネットの中で知ったのが、「アサーティブネス」。
これをやってみよう、と、思い立った。
少しずつ、やってみた。
少しずつ、状況が変わってきた。
ちゃんと、「ノー」が言えている。
ドキドキする事もない。
相手にどう思われるかが、まったく気にならない(今まではそれが一番の気の遣いどころだったのに)。

それでも、まだまだ、how toが足りないみたい。
至福に、到らない。
どこかが、間違っている。

「自我」ってね、
「私」と「あなた」を仕切るものなんだよ。
だって、あたしたちはもともと、大きなひとつ なんだから、
自我がなくなっちゃうと、自分以外と、ひとつになってしまう。
境が、なくなってしまう。

自我は、それが怖い。
無くなるのが、亡くなるのが、怖い。
本当に、怖い。
だから、「あたし」に、いっぱい嘘をつく。
「あたし」というのは、自我の上層の部分の事、
すなわち、「本音と建前」の事。
別の言葉でいうと、「下心とうわっ面」の事。

「本音と建前」は自覚できるけれど「自我」は自覚できないの。
無意識下にあるの。

あたしたちは、その自我の嘘に、一生惑わされながら、生きていくんだ。
あたしは、その「嘘」を見抜く目が開いたのに、
「嘘」だって、ハッキリわかるのに、それでも惑わされ、そこから抜けられない。

そうそう、自我ってね、私とあなたを区切るものだから、
数字で表すと、「ゼロ」なんだよ。
大きな「1」・ワンネスに、切れ目をいれるの。
その切れ目が、ゼロって事なの。
そうするとね、切り出された かけら は、「1」になるんだよ。
大きさと形は、どうでもいいんだ。
どうでもいいけど、「1」なの。
濃度 1 って、事だから。(この場合、1 が最高値ね)

そう、あたしは、後回しにした宿題をどうやって終わらせたらいいか、さらにネットを探した。
本を買ってもいいんだけどね、どれを買っていいのかわからないでしょう。
だから、ネットを探した。

そうして答えを見つけたよ。
見つけた答えは、驚愕のシロモノだった。
少なくとも、今のあたしにとっては、救いようのない答え。


「悟りなさい。」


それが、答えだった。

悟り後の修行中の身で、苦悩を無くす方法は、「悟ること」。



できーん!

だって悟ったもーん!

そこ通ってきたもーん!


じゃ、じゃあ、あたしの悟りは悟りじゃなかったのか?
いやいや、あれほど、確実な手ごたえは、きっとこれからも無いよ。
たった一瞬、垣間見ただけだったけど、あれは真理だった。
でも、至福も体験してないし、白隠さんは何度も悟ったというし、
まだまだこれから、続きがあるのかな?
そういえば、一瞬で、終わってしまった。
あの状態を思い出してみたいんだけど、どうすればああなれるのか、思い出せない。
そう、たぶん、一生悟り状態でいられるならば、きっと、ずっと、こんな苦悩はないかもしれない。

そう思って・・・
いろんな悟り系ブログを見ると・・・
みんな、瞑想 してる・・・

悟った人たち、こぞって、瞑想してる・・・
あるブログでは、「悟り」状態は、3カ月くらい、
意識的にその状態にして、定着させる必要がある、との事だった。
脳の筋トレなのか。
そんなの知らなかった。

だから、瞑想 をしてみようと思ったのよ。
だけど、how toが、わからーん。
ネットで読んでも、いまいちよくわからない。
誰かに教えてもらわなければ、わからないのか?
たまたま見ていた、阿部敏郎さんのブログで、今度本が出る、という情報を読んだ。
瞑想CDが付いているんですって。
わー、これだ。と思って買ってみたけど、やっぱりいまいちよくわからない・・・というか、家でできないタイプのやつ!
山にひとり(いや別に山じゃなくてもいいんだけど、周りに民家がなくてひとりになれる所)こもらなければ、不可能っぽい。
6人家族で自営業のウチでは、絶対、ムリ。

光明が見えたと思ったのに、ちょっとしょぼーんとなったわ。
それで、しばらく、瞑想について探していた。
そこで見つけた ヴィパッサナー瞑想。
これ見つけたのは、ほんの数日前なんだけど、
数日やってみて、いっぱい、発見をしたわ!
これはすごいって、コレに限っての事じゃなくて、瞑想すごいっ て気が付いたわ。
という事で、ようやくヴィパッサナー瞑想までたどりつけたので、
次は、いよいよ「瞑想する目的」を書こうと思います。

posted by 辰多みか at 00:54 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年08月20日

おまえの言いなりになりたくない

このあいだ、
あたし宣言したよね。
「部屋を片付ける」

今、どうかというと。
全然片付いていない。
(笑)

逃避していた。
逃避している。
今も。
逃げている。

きのう、おととい、
自分の声を聞いてみた。
「あたしは悪くない。「あなた」が悪い」
「「響子さん」が悪い」
頭のなかに、自分の声が響く中、家事をした。畑をした。
畑が終わってへとへとで「なんであたしが畑をやらなきゃいけないの」
怒ったまま、響子さんと、対面した。
・・・ぜんぜん 反応なし。
"あたし"の、反応、なし。
本人を目の前にしたら、まったく怒りがわいてこない。
優しい気持ちに、なるだけ。
「???」
疑問符が、頭に、うかぶだけ。

きのう、
片付かない荷物の山を横目に、
じっと、心の中を、見ていた。
「言いなりになりたくないんだよ」
頭の中に大きい声がした。
「おまえのいうなりに、なりたくないんだよ!」
「おまえって、響子さん?」あたしは自分に聞いてみた。
「そう。」あたしの中の自分は答えた。

これを片づけたら、
響子さんの言うことに、従ったことになる。
「負け」になる。
「そうか・・・そうだったか」あたしは、自分の答えに、
今まで聞いたことのなかったその答えに、ちょっと意表を突かれて、
ちょっと納得して、
そして、車で用事に出た。
「あたしは悪くない」以外に、「言いなりになりたくない」と、思ってたのか。
「負けたくない」と、思ってたのか。
意識できるところでも、それにはうっすら気が付いてたけど。

車で、幹線道路に出るなり、
のどの奥から、
「いいなりになりたくないんだよ!」
前に夜中に聞いた、自分の中から出る 地獄の底から響くような声が出てきた。
「い゛い゛な゛り゛に゛な゛り゛た゛く゛な゛い゛」
「な り た く な い」
「や  り  た  く   な  い」
車で走ってるからね、
対向車に見られないように、口をあんまり開けずに、
腹話術みたいに、
しゃべってるの。
あたし、
自動的に。
ものすごい大きい声で。
のどがつぶれるくらいの、
すごい圧力で。

一週間くらい前にね、
阿部敏郎さんの本についてる瞑想CDを聞いたの。
そのうちのひとつの、やり方と、「コレ」は、同じなの。
あたしは車に乗って瞑想をやろうとしてはなかったけど、
自動的にそうなっちゃった。
だから、自然にまかせたの。
すぐ目的地に着いちゃったから、瞑想まで行かずにそこで終わったわ。
終わってのどのあたりはちょっとすっきりしたけど、
心の中までは、まだ。

また今日も、
「いいなりになりたくない」
「いいなりになりたくない」
あたしの頭の中に声が響いている。
あたしは自分に、「そう思ってるの?」って聞いてみた。
「そう」って、自分は言った。

片付けの山を見て、
やりかけの、予定の付箋を見て、
「やりたいなら、やればいいじゃん」
あたしは自分に向かって言う。
「やりたくないなら、やらなきゃいいじゃん」
もっともっと自分に言う。
心屋仁之介さんがブログで言う、「損してもいい。 じゃん」
斎藤一人さんが言う、「今すぐなっちゃえばいい。じゃん」
心の奥の声に、隠したい恥ずかしい本心に、
あたしは気付いているのに、なぜできないの?

またまた、心の奥底に行ってみたら、
(その時、あたしはコーヒーを淹れていたよ。)
「いいなりになりたくない おまえに」あたしの中の自分は、また言う。
「お ま え の いいなりになりたくない」

なんですって!?

「おまえ」って、「あたし」かーーー!!

「あたし」が「あたし」に、言ってるーーーー!!!


これが、ブロックだーー!

今までも自分自身に色々びっくりしてきたけど、またびっくりしたわ。
それで、速攻、片づけをしようと思ったら、
「先に日記にコレを記録して」って、別の自分が言ったから、
こうやって書いてる。

ああ、びっくりしたわ。
このこたちと、仲良く、していくのが、あたしの、今後なんだわ。
どこまでもどこまでも根が深い。
そして、あたしは、たぶん 真っ黒 だ(笑)
真ん中に白い自分が居るのはホントだけど、
そのまわりは、真っ黒だ。
「自我」は、すぐ生き返るのね。
そして、なんだか、どんどん大きくなってる気がするよ。
何が栄養なんだろう?

キラキラしたスピリチュアルの甘い言葉を聞いていると、
ダメだな自分ってすぐ思っちゃう。
それが栄養なんだろうか。
あたしの願望は、みんなのダメな経験を知りたい。
ダメから立ち直った経験を知りたい。
目からウロコをはがす方法を知りたい。
スピリチュアルのキラキラは、今はもう結構です。満腹です。
posted by 辰多みか at 13:26 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年07月11日

悟り後の修行


あたしは、気づきがあって、悟って、

人生終わるまでに到達すべき、ゴールを、見てしまった。

うん、神様に見せてもらった。

別のたとえでいうと、

宿題の答えを、全部見てしまった。


富士登山でいうと、霧が晴れて、山頂が見えたのに、あたしは3合目にいることが

わかってしまった。


そう、ゴールは見えたけど、そこまでが、遠く果てしない。

宿題の答えは見たけど、その宿題の山が、うず高く積みあがっている。


それが、悟った時の、あたしだったんだ。

至高・至福感は無かった。

ただ、気づいた時、心にとても大きな穴があいてる事がわかって、

悟りのレベルだと、一番下だということがわかって、

そして、「答えはわかるのに、どうやったらいいかわからない。

頭ではわかるのに、心がついていかない。」状態だったの。

それが5年前なの。



そうだ、あたしは、ズタズタだったんだ。

誰かにやられたワケではなく、自分自身の手にかかって、ズタズタだったんだ。

それが、わかるんだけど、

あたしは、どうしても気がすまなかった。

"周り"に。


ちゃんと自分の心に向き合う、という課題が、

何度も、何度も、何度も、目の前に出される。

"周り"が、自分の心の中の投影だと、身にしみてわかったのに、

どちらが幻想だったのかわからなくなってくる。



そののち、いろんな覚者の書いている事を見て、

「言ってもいい」ということは、わかった。

それが「自分を大切にする」ということのひとつだと。


「やめてほしい」

「やってほしい」

「やりたい」

「やりたくない」

でもまだあたしは、それを「言ってもいい」が信じられなくて、

「言う事が出来る」と交換できるチケットを探しているの。

「言う事が出来る」権利を探しているの。

それを探している自分に気が付くたび、「あっ」と思って、

思いなおすのだけど。


「言ってもいい」のは、

"自分の素直な思い"で、

それを相手にやってもらうって事ではないの。

"相手の思い"は、そこに在っていいんだよ。

つまり両方存在できるの。


だけど、あたしはそれが信じられない。

仕組みとしては、たしかにそうだと頭ではわかっているけど、

足がつかないプールで浮輪を手放す時のように、

"保障がない"

信じられる体感がない。

だってあたしはカースト制の一番下にいるの。

これは卑下で言ってることではないよ。

まずこの制度からくずさないといけないんだから(と思ってしまう)。


そうもしあなたが、

新入社員で。

相手が、

部長の時。


そんな感じ。


すこしずつ進んでいるんだ。

最近、進みますように、と意識してないから、進まないのかもしれない。

ブレーキをかけている自分が、見える。



悟り後の修行という時期だと思うの、今。

言いたい事がいっぱい出てきてたまらない時期は済んだ。

今、あまり"怒り"が起きない毎日なの。

それはそれでいいんだけど、まだまだ先があるとわかってるの。


修行…いつまでしようか。

人生、もうあんまりたくさんはない年ごろだからね。

はやくしないとね。

うーん? 人生は死ぬまで修行なのかしら。

でも"あたし"は悟ったあの時いっかい死んだわ。
posted by 辰多みか at 23:02 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年07月02日

リアルで探し始める


ネットを検索すれば、

覚者は たくさん 居るの。



あたしは、家族に、「神様を見たんだよっ」と言ってるけど、

まあ、家族は、同じ心境にはなってないから、

生(?)温かく見守ってくれてるだけだね。


強いて言うと、旦那さまは、もうすでに生まれた時から、

悟った現時点のあたしより、上のレベルっぽいし、

子どもたちは、まだ、悟るには、早い。

せめて20代後半にならなくちゃ。(それまでに良い悪い経験をしなきゃ)



いろいろ書き始めてもうすぐ一年になるけど、

リアルで、口で、

話したくなってきたの。



まあ、王国の人たちには、ガンガン話してるけどね(笑)。



でも、やっぱ、見知らぬ人相手に、最初に口に出すのは、躊躇するよな〜。

やはりというか、うん、やはり、

ネットで明言してる覚者やカウンセラーや

セラピストに、会いに行く方が、確実だよね〜。



でもソレ、お金かかるんだよね〜。

posted by 辰多みか at 23:03 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

二種類の人間


人には、二種類の人間がいます。


@真に悟った人間と

A悟ってない人間 あるいは 悟ったと口だけでいう人間 あるいは 悟ったと勘違いしている人間



どちらが偉いとか、悟ってるから偉い、とかいう話ではないよ。

あたしは悟ったけど、だからといってAがどうとか、いう話ではないよ。

それを本当に誤解しないでほしい。

"そこ"をとやかくいう人は、A だということを自ら示しているのと同じことなんだけどね。

卑下して見ているのではないよ。


ただ、ほんとうに、話が通じないな、と思うだけだ。

"自分も悟った"とまくしたてて話してくる、

その行為が、自動的に、Aだと証明しているのに、と、思うだけだ。



あー、上の書き方、通じないな。


「あたしも悟ったんだけどね」そしてそれに続く、悟りを全く感じない内容。

話す時の、"焦りと必死な感じ"。

うんこれ↑が、Aを証明してるんだよ、と思うよ。


ネットの上で覚者と自称してる人の中には、幸いなことに居ないよ。

現実世界にいる。たくさんいると思う。

posted by 辰多みか at 23:02 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年06月11日

はやく真理を知りたい


ああ、


イライラする。


仕事をやってられない。

今、最初から、日記を読み返しちゃった。

全部は読み切れなかった。

仕事しなきゃいけないし。


「かみさま」のこと

「本当の自分」のこと

「真理」のこと



はやくはやく全部知りたい。

「かみさま」って書くと、超誤解されそうで、語弊があるから、

知りたいのは、

法則。


この宇宙の、法則 が知りたいの。と書きなおすよ。

知る というのも語弊があって、

知識として知るのではなく、


体感したい。

納得したい。

腑に落としたい。



自分の中からの、湧き出る納得がほしい。



物欲を満たすためではなくて

真に、真のあたしのため。


時間が足りないな。



時間が足りない という思いになるから、

イライラするのか。
posted by 辰多みか at 23:01 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年06月08日

杭を抜く方法


ドラキュラはさ、くいを打たれると、死ぬじゃん。

朝日をあびても、死ぬじゃん。


"それ"だと思うんだよな。方法は。


"杭"は悪くないんだよな。

打たれてる方が、悪い。だからドラキュラが消えてしまえばいいの。

まあ、「悪い」も語弊があるのだけど…


ちなみに、「杭」は「悔い」だとか思わない。

言葉遊びはあたしは嫌い。

言葉遊びをするかどうかは、個人の自由だけど、

きちんと事実に基づいた漢字の由来を調べてからにしてほしい。

(だから、間違った名前が世界に氾濫してると思うよ。

今朝も、「ハナショウブ園で、"ショウブ祭り"を開催します」、

とテレビで紹介していて、げんなりした。

テレビが勝手に言ってるのではなくて、園側から、"ショウブ"と

ハッキリ提示されているのだけど。

ちなみに、過去も書いたけど、「ハナショウブ」と「ショウブ」は、まったく

違う植物だよ。

どのくらい違うかというと、「アヤメ」と「サトイモ」くらい違う。

そう、「アヤメ園で"サトイモ祭り"を開催します」と言ってるのと同じ。)



杭を抜く方法は、

抜くのではなく、


打たれている対象物に、光を当てる。

すると、対象物が、消えてしまう…

「消えて」と願って当ててはいけない。そう願ってると消えない。


光を当てる理由は、よ〜〜く、見たいから。

よ〜〜く、見るんだよ。目をそらさないで。

そうするとね、あたしはできないんだけど、

「ありがとう」って言葉しか浮かんでこないんだって。

それがあの日神様に教えてもらった答え。



あなたは、自分を襲おうとしているドラキュラに「ありがとう」って言えるか?

うーん、あたしは、まだできない。

この溜まってるのを発散しなければ。

ということは、今、発散する時期か。


たぶんね、ドラキュラに見えてるのは、やっぱり自分の錯覚で、

それに重なって、「本当に自分が見たくないモノ」が

隠れてると思うんだよな。


むーん。

道が長い。



あたしは言葉遊びは嫌いだけど、

本来の意味でなら、言ってもいいと思う。


「ありがとう」

「有難う」

「ありがたい」

「有り難い」

「有り難き」

 ・・・

「コレなかなか無いよね!」てことだね。

「あるの? ウッソー! ラッキー」くらいの意味だね。(昭和…?)

間違っても、「こんなの有るわけないじゃん」の「有り難い」ではないよね。


日の元にさらされて、「居るの? ウッソー! 俺ラッキー!」

と言われたら、言われたドラキュラのほうが「ありがとう…ボクをちゃんと見てくれて」

と、

言うのだと思うよ。


あははー、

でもあたしは、まだ全然できないー。

許す前にやる事があるー。
posted by 辰多みか at 23:01 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする


今朝、起きたら、まだ「できないあたし」がいた。


羽根が生えて軽くなったと思ったのに、

そうだ、そういえば、別件がまだあったわ。


いつも、あばらの、上から二本目くらいのところに、

なにか黒いのとか重いのとかが有るかどうか、朝、確認するんだけど、

今朝は、重いのは無かったけど、大きい杭がささってたわ。



そうそう、「できないあたし」

仕事をしなくてはならないのに、一日中、この日記に書きたい事が

頭に浮かんできて、全然仕事にならない。

だって、頭を使う仕事だから。頭はいっこの事しか考えられない。

しかたがないから頭がいっぱいになったら、書く。

だけど、書くの、時間かかるよね〜。30分から一時間はゆうにかかるわ。

楽しいんだけどね。


だけど、こんなことで良いのだろうか、とふと思う。

ず〜っと、こんなんじゃん。

「やりたい事」を延々と書いているだけで、やっていないじゃん。

できる時間はあるのに、「やりたい」と書くだけの時間になっちゃってるじゃん。


そう、今朝、思った。

まあ、今朝だけではないんだけど。


ということは、あたしは「やる」ことに恐れがあるんだよな。

百も承知だけど、やっぱりか。


胸のところに、おおきい杭があった。

そうか、これがブロックか〜。はじめて目で(心の目)で見たわ。

大きさは、500mlのペットボトルくらいあるわ。もっと円錐形をしてるけど。

色は、肌色に近い、ベージュグレーだ。



なぜこれがささってるのかも、わかる。

7年くらい前の事。

忘れもしないし、許さない。


うん、許さない。



うーん、どうしようかなー。

答えはわかっているのに、ほら、宿題が終わらないでしょう、あたし(笑)

答えはね、「許す」って事なのね。

あの日、神様から見せてもらった答え。


うーん、先が長いなー。
posted by 辰多みか at 23:00 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年06月05日

昨日と今日


昨日は、あたし、羽根が生えてて飛んでた。

前日、カミングアウト有り、反抗期あり。

そのおかげか、こころは自由で、好きな事をして好きなものばかり見た。

好きなものを手に入れた。



今日、意外な「不自由のもと」がまいこんできた。

想定外。

それでもあたしは、もう、まえほど不自由じゃないみたい。

世間一般でいうと、ものすごく、重大な、一刻を争う事。

そんな事が起こってるのに。


できごとの振り幅が、すごいな。

昨日と今日の。
posted by 辰多みか at 23:03 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

生まれ変わるって言葉も幾重にも意味がある。螺旋みたいに。


昨日、とてもとても大事な話をしたんだ。

いわば、あたしの大カミングアウト

一番やりたかったこと。



おとといくらいから、話が進む兆候が見えて、

少しずつ、話が進むたび、祈った。

自分の、胸の、そう、いわゆるハートのチャクラって所に。

あたしが、話したいことが、全部話せますように、と。

進みますように、と。


そして、身内が、手に握って離さない病気を、

手放せることができるようにと。


身内の病気の事は、本人の拒絶が凄すぎて、

さらに、ほかからストップがかかったから、ちょっと

あたしから言う事はやめて、様子見なんだけどね。


本当は、他人は、変えられないから。

一番良い方法、というかできることは、ただひとつ、というか、

それは、「なにもせずに放っておく」なんだけど。

ただ、信頼して放っておく、なんだけど。


まだ、あたしの気がすまないから、信頼もしないし放りもしないのだ。

その行動には、なんの力もないとはわかっているけど、

あたしの、「本性」が、黙っていないのだ。

「本性」って「自我」とも言うの。

「インナーチャイルド」ともいうかも。


今、そこの段階なの。

ただ、愛だけを信頼という形で送れば、相手に「伝わる」と、

真にわかっているけれど、あたしのレベルは、まだそこなの。

送る、というのも、適切な言葉ではなくて、そう

それは、ただ、信頼するという状態になる、だけなの。


だけど、今まで、八方塞がりで苦しかったけど、

ようやく、一歩、進んだ。あたしは。



あの悟った時、答えだけは、すべて一瞬でわかったのに、

ここまで来るのに長かったな〜。

何をすればいいかはわかるのに心がついていかない、と、苦しかったな〜。


今ね、人間の成長段階でいうと、あたしは、「反抗期」なんだよ。

ようやく、ようやく、反抗期なの。ちょっと遅すぎるよね〜。


この反抗期も、もうすぐ、終わるんだよ。

まあ、相手にしてみたら、あたしが数年単位で受けてとめてたことを、

数日か数カ月単位で、返品受け付けしてもらう、ってだけだから、

わけないと思うよ?


それも、その人の学びだし。

ひとつ言っておくと、あたしはもう被害者面しない。

「あたしが悪くない」を主張したいがために、その時目の前にいる、

ただ、偶然目の前にいる誰かを、加害者に仕立て上げたりしない。

この「反抗期」は、もう、その時のような、低いレベルのものではないのだ。

ひとつレベルが上がってるのだ。(それでも十分低いけどね)


そう、あたしは、自分で自分に付き添う。そうだよ、一生だよ。


あたしの心は言う。

心って、どこだ? 上っ面か下心か、本性か、うん、全部がだ、言う。

「在る 在る」


そして、目の前の相手の「嫌な所」も実は自分の中に在る。

「許せない所」も実は自分の中に、在る。



だから、許さないと、自分が、浮かばれないのだ。

イコール、許せば、浮かばれる。


すごいシステム(笑)



誰得(笑)

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2013年06月02日

羽根が生えた


今日

あたしは、

アサーティブに、相手に、伝えてみた。


つまり、

あたしは、こういう思いがあってこう反応しちゃうから、

そう言われると、嫌だ。と言った。




まあ、相手には、真意はまったく伝わらず、

これまでもよく有った、その場だけ謝罪の言葉をもらった。

謝罪…の言葉の形をとっただけの、からっぽの言葉。

「すみません」の「す」に力が入った、"謝罪の言葉"

あはは。


あたしは、言葉がほしかったわけじゃないから、

別にそれで不機嫌になったりしない。

ただ、あはは。だ。


相手に、それ位で伝わったらね。

その時、相手は、悟っちゃうからね。

まさに非を認めるって事。

真に、それができたら、

その時、人は、悟るんだな〜と、あらためて実感したよ。

目の前にいる、悟りからはほど遠い人を見て。


だからといって、悟ったあたしが偉いと、優越感にひたっているわけではないよ。

ただ、早くみんな悟ればいいな、と思うだけだ。


その出来事を思いながら、車を走らせていたら、

「羽根が生えた」って思った。



「自由に飛べる羽根」

アサーティブに相手に伝える術。そして、その心構え。

相手の事は、けっして傷つけずに、伝える事。



そうか、あたしは、羽根を手に入れる事って、イメージで、

勝手に、天使の白い羽根を想像していたけど、違うんだ。

鳥の羽根では、無いんだ。



昆虫系の、羽根だったわ。


あたしは、羽化したんだな。

背中に、鳥の羽根が生えてきたんではなくて、


もともと、あたしは、昆虫だったから(いや、あくまでたとえね)

いもむしからさなぎに、さなぎから蝶に(これもあくまでもたとえね)


なっただけなんだ。



確かに、今までは、羽根が生えてなかったけど、

悟りを経て、さなぎになって、

さなぎの中で、一回、神経以外が全部、どろどろに溶けて、

そして、羽根のある蝶になったんだね。

悟るとは、自分が、羽根が生える昆虫だったと、思い出すって事だね。

(いや、あくまで昆虫はたとえです)


そうイメージしたよ〜。

う〜ん、気持ちが軽い

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2013年05月31日

ぜったい大丈夫


自信

ていうか。


そもそも、あたしは、「自信」がよくわからないのだけど。


あたしはかつて、いつも自信がなくて、

劣等感でいっぱいで、人とコミュニケーションをとるのが苦手で。


それなのに、成績は良くて、

怒られるのが怖かったから超真面目で、先生受けが良くて、

いつも新学年の一学期は、学級委員。

自分で言うのもなんだけど、絵がうまくて、

歌がうまくて、

そしてちょっぴり綺麗め(笑)


そのふたつの極を、

ふらふら ふらふら 行ったり来たりだった。

振り子みたいに。

昨日は自信があって、今日は自信が無い、みたいに。




だけど、あたしは、悟りを得たあと、


「わたしはぜったいこれで大丈夫だわ」と思った。

「あたしはぜったい大丈夫」とも思った。

全部のあたしとわたしと私が、「大丈夫」と、思った。


そう、すべて、100%OK。


これからつらい事があっても、

いい事があっても、

あたしは、自動的に上に登る道しか行かないんだ、と、確信した。

上りのエレベーターしか無いっていうか。


人間100%死ぬんだけれども、

死んでも大丈夫、と思った。

それが、「自信」というものなのかな〜?


まだ、あたしの目の前には、過去に、あとまわしにしておいた

宿題が、次々、出されて、

日々、もがいている状態なんだけど、

それでも、あたしは確信して感じる「あたしはぜったい大丈夫」


これが、みんなが最終的に手にする「自信」なのかしら。
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2013年05月08日

「悟り」「気づいた事」の確認作業

あたしは、たった一度だけ、悟って、

その時から、心に湧いて出てくる、さまざまな思いを、

確認したくて、ネットをあさる。

具体的に言うと、ネット検索する。

あるいは、本屋さんで、自己啓発とかスピリチュアルコーナーをさまよう。


(そうそう、悟ったのはたった一回で、その時かみさまを見た(感じた)んだけど、

その一年後くらいに、統計学を勉強して、その時ももう一度、かみさまを、見た。

でも、その時は、悟りの体験はしてないんだよ)


悟ってなければ、絶対に、手にしないであろう、さまざまな本を、

手にとってみたりする。

買うのは、あんまり無いけど。

その中でも、衝動買いしたのは、「ひとりさん・斎藤一人さん」の本だな。

題名に惹かれたのであって、成功者になりたいわけじゃないが…


ちなみに、あたしが日記に書いてる、さまざまな心の話は、

ネットや本の写しではないよ。

勝手に湧いてくる思いを、ネットや本で確認して、他の人も感じてる、と

確認とれたものを主に書いているの。

(うん、それ以前に、ネットで読んで自分の中に吸収された叡智も、

勝手に湧いてくるのだとも思うけれど。)


ただ、ひとつだけ、確認がとれないのが、

0.9999999999999999…=死んでる人・遺体・ナ
1=生きてる人・生物・ウオ・イヲ

という事なんだ。

これだけ、どこを探しても、同じ事を思っている人がいない。

もしかして見当違いなのかな?


で、今日、ひとりさんの「変な人が書いた成功法則」を読んで思ったのは、

ひとりさんは、もう、今生で既に「豊かな心」の人に生まれてきてるんだなという事だ。

(これは古本屋で買ったの。2003年発行だから10年以上前の本なの)

だから、ひとりさんの言ってる事は、本当に本当に、真理だけど、

あたしみたいに、今生でまだ貧しい心で生まれて、今、レベルアップする時、という魂には、

実は、実践面で、あまり参考にならない。

参考になる人は、他に居る。

あたしは、まだまだ、かみさまが出してくる問題が、山積みになってる状態なんだ。



そうそう、ひとりさんの、どこに共感したかというと、「神様」の部分。

あと、「変な人」の部分。

今日読んだ本の中で、びっくりしたのは、

この世に数は、「1」しかない、と書かれてた事だ。

そのとおりなんだ。あたしもそう感じてるんだ。

あたしの感じてるのは、なんていうか、この世界が、この宇宙が、「1」。

素数もあるじゃん、と反論あるだろうけど、

素数は、「1」の中に、あるのだ。

で、「1」が「1」であるために、「1」のまわりは、「ゼロ」で覆われてるんだ。

 


今日も、さっき、問題が出されたよ。

あたしは、その問題の答えを、頭の中で反芻して、言うべき時に、言えるように準備してるんだ。

これがクリアできないと、また、同じ問題が出される。

あたしは、問題が出される事自体が嫌で、いろいろ理由を付けて、

避けて通ってきたけれど、もう、避けない。立ち向かう。


その"いろいろ理由"というのが、「あたしは悪くない、そう言うあなたが悪い、だからあたしはできない」

だから。

それでは、いけないから。


「だからあたしはできない」に逃げてたあたしを、救ってあげたいから。

相手は、勝手に悪く思われて、迷惑だから。



愛をこめて、その答えを、口にするよ。

愛がなければ、モノは動かない。


透明人間とか幽霊みたいだね。

触ろうと思っても、手が透けて触れない〜みたいな。


愛であれば、触ることができる。

愛であれば、動かすことができる。


でも、それは、相手をやっつけるということではないんだよ。

自分の弱さをやっつける、ということでもないんだよ。

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2013年05月02日

メモ 交流分析のゲーム


これから調べる事。
エリック・バーン
交流分析 TA
ゲーム
P A C
特に、 義足のゲーム
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2013年04月27日

ちかくにマスターがいたわ


あたしは、

掃除機をかけている時とか、

車を運転してる時とか、

あたまの中が、ぐるぐるぐるぐる、この日記にかいてあるような事で

うずまいている。

ここに書けるのは、その1/10くらい。

全然時間がない。


あと、あたしの仕事は、頭を使う仕事なので、

仕事をはじめようとすると、頭に、まさに、文字通り血がのぼって、

思考も活性化されるので、ちょっとこのぐるぐるの方に気を取られると、

仕事そっちのけで、考えぬいてしまう。それか、自動書記みたいに書き出す。

今がそう。


どうにかしたいんだけど、ほんと。


で、ぐるぐるぐるぐる考えて、それが本当に本当か、インターネットで検索する。

で、いつも、本当だ、と結論がでるんだけど、それ以上に収穫があったりする。

「悟り」の瞬間は、えもいわれぬ幸福感があるとか、

(あたしは無かったよ) いろいろ。


で、まさに悟りのマスターとよべる(あたしが勝手に)ような人たちがいっぱいいて、

その人たちのブログをお気に入りにいれてたまに見たりしてるんだけど、

そのうちのおひとりが、実は、同郷ということが、ゆうべ判明した。

わー、これを探していたんだよ〜。


今まで見ていた人たちは、


イギリスのひと。

奈良のひと。

沖縄のひと。

大阪のひと。

住所不明(関東っぽい)のひと。


とかいたんだけど、これは本当に近くだ!

嬉しい! 道場もある! なんとかセミナーとかと違って、安いぞ!


と興奮してしまった。

やー、この春なにか、あたしに新たな動きが起きそうだわ。
posted by 辰多みか at 23:01 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年04月19日

またできた


できたよ。また。

二度目の できたよ だよ。


こう来ると、真っ暗いトンネルに、一筋光が見えた気がする。
posted by 辰多みか at 23:01 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年04月16日

できた


できたよ。

怒りが一瞬で沸いたけど

それを乗り越えられたんだ。


怒りを鎮めたわけじゃない。

我慢したわけじゃない。

自分を偽ったりもしないし。

相手を責めたわけでもない。


5分くらいかかったけど、

自分が今怒ってることを、最大限まで、心の中で怒って。

あたしの中の何が反応して怒ってるのか。

相手があたしに何をしたか。

相手はどんな気持ちであたしに言ったか。

人にはたぶん顔が3層くらいあって、

あたしは、一番上(表面)を見せようとカモフラージュしてる二番目の相手の顔に怒ったけど、

本当はその下に三番目の顔があって、

そこは、あたしの反応と同じなんだって思った。

へんな言い方だけど、もちつもたれつだと思ったこと。

そこまで思った。

そしたら、なんか

怒りが、もういいよ。みたいに、なった。


そしたら、

「できた!」って、思った。

すっきりしたよ。

それまでは、もう今からカラオケに、マジで行ってやる、とまで思ってたのに。

ああ、できたよ。

posted by 辰多みか at 00:00 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2013年02月05日

とにかくなんか書く。とにかくなんか書くんだ。


今だに、やる気がでない。

まだ、あたしのまわりが悪くて、あたしは悪くなくて、

まわりからの抑圧が酷すぎて、自分のやりたい事ができないって思ってるから、

やらなきゃいけないことが、できない。

たとえば、部屋の整理。

草取り。

医療費の集計。

オランジェットを作る事。

フルーツケーキを作る事。




やらなきゃいけないって所が、もう、抑圧。

だって、お菓子を作るのはあたしの趣味なのに、

このふたつに限っては、義務と思ってる。

だからできない。もう3年も。

他のお菓子は難なく作れるのに。



本当は、まわりは悪くないんだよ、本当は。

あたしの心の受け取り方なんだよ。


だけど、だけど、あたしの気がまだ済まない。

全然気が済まない。


恨み事を吐いてみても、まだ済まない。

もう、どこかで発散しないと、たぶんいけない。

その方法とは、体を使って、力を使って。

(まわりに力ずくでわからせるということではない)


その具体案がまだみつからない。




とりあえず、家でできるのは、


とにかく、何か書くんだ。

そう、これこれ。

今やってる事。


あと、今までの、自分が不満に思ってた事を書き出す。

これまでも、ちょっとやってたけど。


本当は、不満を書くのが、いやでいやで、

目にしたくなくて、

今も書きたくないんだけど、


一歩進むために、やっぱり書く。

これまでちょっと書いてきた事で、自分の心がすっきりわかった、って事もあったし。



だから、とにかく、書くんだ〜〜




本当の、あたしのやりたい事は、


絵を描きたいんだ〜〜



この世界の真実を、

この世界の法則を、

数式の向こうに(あたしから)見える世界を、



描くんだ、描くんだ。



タイトルは

たぶん、数式だ。


波動関数か、

オイラーのいろんな式か、

ABC予想か、


それをね、


みんなが見えるように、描くんだよ。




そのために、



やらなくちゃ。



なにをかっていうと、


やらなきゃいけないことを。



だから、やる気を出せ〜〜あたし。



あ、その前に、映画製作支援だ。

事務局の手伝い。それはやる気まんまんだよ。

もうね、毎晩、映画の夢を見るくらい。

オーディションの人たちの熱意とか監督の世界観とか、

大勢の「気」がいっぺんに体に入ってきて、

12月は興奮してて、1月は、興奮が度を超えて、新年早々くたくただった〜。

でもがんばる。


でも、映画に関してのことは、がんばってやってるけど、あたしの「やる気」には直結してない。

映画はやる気まんまんだけど、あたしの「本当のやる気」には、全然影響してない。

だってクランクアップすぎたら、終わる事だから。


ああそう、その前も、秋は選挙で市内を走り回ったりしたけど、

やっぱりそれは、あたしの「本当のやる気」には全然直結してない。

精一杯お手伝いさせてもらって、いつも良い経験なんだけど。


やっぱり自分が、自分で、ずっとやる!って思った事でなきゃ。

頼まれたことは、短期間ですぐ終わる。



とりあえず、書いて描いて、



歌をうたいたいな〜。

体は、自力整体やるけど、


もっとへとへとになった方がいいな〜。

へとへとは命を削るって思ってるけど、


「心」のためにへとへとになるんだよ。


あたしの心のために必要なんだよ。




まわりは悪くないって、本当に心の底から思えるようになる日と、

やる気が、体から出てくる日と、

どちらが先にくるかしら。
posted by 辰多みか at 00:01 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

そうなんですって言うだけだ。


自分の個性・好きなもの・嫌いなこと・自分の見た目・自分の思ってること


全部、「そうなんです」って、言えばいいんだ。

言えばいいっていうか、本当に文字どおり「そうなんです」って事だ。


そこに良い悪いは無くて、

自分を飾る事も、偽る事もなくて、

「そうなんです」って言いさえすれば幸せになれる、というような、魔法の言葉ではなくて、

たとえば、法に触れてる大悪人でも、自分の事を全部わかっていて「そうなんです」ならば、

自分の事をわかってなくて、周りから言われる自分の事を「違う違う」って否定しながら生きてる人と比べたら、

ひとつ、レベルが上にいるんだ。



「違う違う」て人は、それこそ自分の人生を、周りの意見の否定のみに使っちゃう。

それだけで、ひとつの人生が終わっちゃう。

否定するためには、病気にだってなる。



テレビで、毒舌家と言われて、輝いてる人は、

「そうなんです」の人だ。

自分を肯定してるんだ。

(毒舌がいい悪いという話ではない。)



自分を肯定してるから、その行動・言葉には、愛があるんだ。


だから、愛のある毒舌だから、聞いてても、気持ちいいんだ。


有吉さんとか、ビートたけしとか、ダウンタウンの松本さんとか、

きみまろさんとかマツコデラックスとか、気持ちいいよね。





あたしもそうなりたいよ。


ずっとずっとそう思ってるの。
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2013年02月04日

今すぐしあわせになること


斎藤ひとりさんという人の本を読んだよ。

スリムドッカーン の まるかんの社長さんだ。

「変な人の書いた世の中のしくみ」ていう本。



なぜこれを手にしたかというと、自己啓発コーナー(スピリチュアルとか)に在って、

「変な人」が書いてるんだ〜と思ったから。


あたしも変な人だから。





で、ざっと斜め読みしたんだけど、

これには「本当」が書いてあると思った。

それで買って帰ってしっかり読んだ。

3日で読み終わった。



この人は、「悟っている」と思った。





悟りには、多分、段階があって、

さとりっていうか、悟り後の、自分のレベル?



そう、そのレベル的には、最高が12とすると、

このひとりさんは、たぶん、9あたり? かと思った。


それか、最高が9とすると、

7くらいか? と思った。


人生のどこかで悟りがあったかどうか、書いてないのでわからないけど、

たぶん、過去生で、ある一定以上レベルにはなってたんだな、と思う。



あたしは、きづいた時、相当下にいたからなー。

ていうか、今も下だけど。



レベル上げをがんばらないとなー。


というか、がんばっちゃいけないんだよな。


肩の力を抜いてー


ほわっと


そうだよなーと思える。



ただ、そう思うだけでいいんだよなー。



今すぐしあわせと思えばいいんだよなー。



今すぐそう思えないってことは、


まだまだ恨みたい、怒りたい、不満を持ちたいって望んでるってことだよね。
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2013年01月06日

あたしのほんとうの気持ち


あたしは、やりたいことがあっても、

なぜかやれないことが多い。

ここの片づけを先にやってから〜とかー

そもそも主婦だから何日も泊まりは無理〜とかー

やってもいいよ、やりたいことはやればいいよ、とまわりから言われているのに。

(まあ周りも若干口だけということもあるけどね)


それは、主婦になったからじゃなくて、子供の頃からの

昔からで(昔はもっと自由にやれてた事の方が

多かったけど)、たまに、自分で自分ができなくなるように

コントロールしてるんじゃないか・・・と漠然と感じることもあって、

不思議で、辛くて、できないできないともがいていたけれど、

心の中を見て行ったらね、なんとまあ、思いもよらない理由に行きついた。

昨日気付いた事なんだけど。



それは、できないのを、まわりの環境のせいにして、自分を正当化してたっていうこと。

つまり、「あたしは悪くない」というのを、

思い切り味わいたいんだろう、ということだ。


できないのは、自分が置かれている条件が悪いから。

そう思って、条件を変えてみても、やっぱりできない。なぜかもっと違う理由を探してしまう。

やれるように努力するんじゃなくて、やれない理由探しに一生懸命みたいな。

そう、なんとなく感じてた。あたしは、「まわりが悪い、あたしは悪くない」と

言いたいだけなのだろう。

たぶん、昔(前世?)、あたしはものすごい悪者あつかいされたことがあるんだろう。

だから、この、平和な、なんでもない世界なのに、

常にあたしは、「あたしは悪くない」と言って戦ってるのだろう。

親にそう指摘されたことも多々あったし。

「みかはすぐ人のせいにする」

その頃は、言われても、そう言われる意味がわからなかったけれど、

たぶん、あたしの「本当の気持ち」が、心から漏れて、伝わってたんだな。

そうか、わかって、ちょっとすっきりした。

まわりの人には、だいぶ悪い事しちゃったね。



たぶんあたしは、「あたしは悪くない」を思い切り味わいたくて、

それが目的で、今生、この世に生まれてきたのだろうけど、

それに気付いちゃった今、どうする?

「「あたし」はもともと悪くないんだよ」て自分に言ってあげる?

それが気付きの先のステップなんだよね。
posted by 辰多みか at 00:00 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2012年12月07日

自分がなにものか「思い出す」

自分がなにものか「思い出す」という表現が、

なんだか、エゴからきている、ようにみえてならない。


本当は、思い出しているんじゃなくて、

やっぱりはじめて「知った」事なのに、

「思い出す」という表現を使うのは、

それが、もともと魂は知っているという条件がついている事柄だからだ。


もともと知ってるんだから、

「思い出す」って表現しないと、と思うよねぇ。でもこれって、

自己主張ていうか、エゴの言葉だよねぇ。

「初めて気がついたこと」なのに・・・


あたしも使ってるけど。
posted by 辰多みか at 00:02 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

神との対話

昨日、夜、本屋さんに行ったのは、

「神との対話」という本を買いに行くためだった。



ネットでいろいろ見ていた情報で・・・

たぶん、これに「答え」が出ていると思ったから。



行ってみたら、何冊もあって、

数字なし、A、B、365日の…とかいろいろあって、


裏表紙から見てみたら、数字なし、A、B で

三部作ぽかったので、


三冊買ってきた。

ものすごく厚い本だよ。辞書くらいあるよ。

いつ読み終わるのだろうか。




今朝、最初のから、20ページまで読んでみた。




そうだ、この本は、たぶん、全部「真実」だ。



そして、あたしは、もう、「このこと」を知っている。

この本を読むのは、「確認作業」だ。


そうか、あたしも、「見えた」時、書き記していれば良かったんだ。



最後まで読めば、もう一度、「悟りの世界で目を覚ます」ことができるのだろうか。
posted by 辰多みか at 00:00 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2012年10月04日

朝起きた時の気分が大事

今朝 起きたら

気が ずーんと重かったんだ。


なにか心配事があるわけではないよ。


それか、ずーっと心の奥底にある


重い なにか 重いものを

感じてるんだろうか。
posted by 辰多みか at 00:01 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2012年10月03日

「ダメなあたし」には良いも悪いもない

ああ、こんなふうに、

頭では 理解しているのに
心がついてこないなぁ。

「こんなふうに」っていうのは

祈りは「世界平和だけ」祈れば良いという事とかを。


ああ、…だけ祈れば「良い」と 書いてしまうから
本当の意味から 離れていってしまうんだなぁ。

昔の人たちが


この題目さえ唱えれば良い って言われたと、「思い込んで」、
いろいろな宗教に入信していった事と同じなんだよなぁ。


「心がついてこない、ダメなあたし」だと言う点を、

その点を、 認めろ という事なんだろうなぁ。


ダメなあたしだから「ダメ」じゃないんだよ、ただ あたしは、
「ダメなところがあるあたし」それだけで いいんだ。

いいんだ、というのも、良い悪い じゃないんだよ。
良い・悪い は、考えないんだよ。ていうか良し悪しは存在しない。

存在してるのは「ダメなところがあるあたし」だけなんだ。

その点を、心はまだ 受け入れきれてないんだよなぁ。


・・・うまく書けないなぁ。
posted by 辰多みか at 00:05 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

初詣のお祈り

あたしねぇ

内緒なんだけど


はつもうでで いつも祈る事は、

ここ4年くらいは、

「世界が平和でありますように」

だけなんだよ。

何をおいのりしたの? と家族に聞かれるから
「世界平和だよ」
とニヤニヤして さも冗談そうに言うけど

本当なんだよ。

それは、あたし自身のことも含めて
すべての祈りが入っているの。

あ、七夕でたんざくに書くのもそうなの。
あと一枚、家族みんなが健康ですごせますように とも書くけど
それは カモフラージュなの。

その願いも本当の事なんだけど、

その願いまで、実は入っちゃってるの。


うーん、なんていったらいいんだろう、

世界が平和でないと、自分のしたい事がかなわないから、というわけではなくて
もうもう、全部の願いをかなえる祈りなの。

そう思った経緯も、書くね。

posted by 辰多みか at 00:04 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする

2012年08月01日

人生の終着点

頭ではわかっているんだ。


相手を許して

そして自分を許して



そして っていうか 同時進行。




自分を許す=相手を許す



それが人生の終着点



なんか 標語みたいに 世間では このフレーズばっかりズームアップされてるけど。

だから 宗教は入れ物だけ になっちゃうんだ、「この言葉だけ切り取る」のが元凶なんだ。

その言葉に、個人個人がたどり着いた過程が 重要なのに。




あたしがどうやってこの言葉に辿り着いたかは、順を追って、、あとで話すね。





あたしは、相手(じつは自分)を許そうにも、



どうも心がついていかないんだ。


そうすれば 幸福になれる (まあ このフレーズも 切り取りなので良くないんだけど)


って 頭では わかっているのに。





なんでついていかないのか 


あたしは 自分の心に聞いてみたよ。




「だって あの人のせいで いやな思いをしたんだもん」



自分の心の中に 今のあたしよりもうちょっと若い もう一人の自分がいて、そう言った。

いやな思いをした時の 自分だ。



頭の中の自分は、もうわかっている。
だから、頭は、もう一人の自分に 言った。


「本当は あの人のせいなんかじゃない。ただ、自分が 相手の態度に どう 反応したか だけなんだよ
全部 原因は 自分の中にあるんだよ。」


もう一人の自分

「あたしは ずっと がまんしてきたんだ。 いやだって言っちゃいけないって がまんしてきたんだ。
あの人は あたしを いやな気分にさせた上に それを口に出すことさえ 禁止してきた」




「あの人は 口に出したらいけないと 言ったの?」


もうひとりの自分

「・・・言ってないよ。でも 言ったら いけないでしょう。 あの人が 言ったせいで
あたしはいやな思いをした。 言えば 誰かが いやな思いをする。だから そういうこと
言ったら いけないでしょう」



頭 は 考えた。


言ったらいけない と思っているのは 
もう一人の自分の ただの思いこみだ。


だけど、



本当の原因は 反応する自分自身にあるとしても、
一度 反応してしまって 起こってしまった感情を
どうすればいいか、


どうすれば。

考えたけど、




頭のどこにも 答えがなかった。



だから



他の人の意見を 探すことにしたんだ。


ネットの中をさがしたんだ。

いろいろあったけどぴったりくるのがなかなかみつからない。




ある日

娘が学校からもらったきたプリントの中に

アサーションという言葉があったんだ。



アサーティブなコミュニケーションの具体例が

いくつか書いてあったんだ。


これだ・・・! と思った。


ネットや本でもさがしたよ。



アサーティブネス

相手を尊重しつつ自分自身も尊重して
自分の考えを相手に伝えるコミュニケーション方法。



自分を苦しめてる相手のタイプもわかったよ。

3.欺瞞的、作為的なコミュニケーションをする人

だったんだ。



攻撃的でもない受身的でもない、言葉の表面上はとても綺麗だけど
言われている事・されている事、すべてが腑に落ちない。

たまにちらちら 裏が見え隠れする。
そういう人が本当にいるんだ。

で、そういう人は アサーティブネスではない って定義になっている。


そうだよね、あたし。

いやな気持ちになるよね。



頭は、それに反応するのは、自分自身の問題だって言ってるけど


やっぱり いやな気持ちになるよね。




それをどうすればいいのか。






アサーティブに相手に伝えればいい。





こうすればいいんだ。

一度起きてしまった 感情は 消す事ができない。


核反応みたいだ。



どうすればいいかっていうと



燃え尽きるまで、反応させてやるんだ。


抑え込んで、気持ちが起きなかったみたいに振る舞うんじゃなくて

別の事で ごまかすんじゃなくて



ちゃんと その気持ちを


自分で認めて


反応しつくすんだ。




ちゃんと反応させてやらないと



火種が残ってるから



次に来た 同じような 現象に
また反応してしまう。




だから、ちゃんと 認めてあげるんだ。


相手に 伝えるんだ。

感情的にではなく。
アサーティブに。



それがあたしの 到達点。



でも なかなか できないな。


すごく 力がいる作業だよ。

相手を打ち負かすんじゃないよ。
相手と自分を支えるのに すごく 力が要る。

だから なるべく若いうちに 早くそれに気が付くといいね。
posted by 辰多みか at 00:00 | 悟後の修行 | 更新情報をチェックする
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