2013年11月01日

無限を閉じ込める

無限を閉じ込める
無限を閉じ込める
有限の中に。

そうすれば、計算できる。
発散しない。
数式が破裂しない。

どこに閉じ込める?


とてもカンタン。
手のひらの中の、水晶玉を見てごらん。
水晶玉がなければ、ビー玉でも。

無限遠点までもが、ぜんぶ ぜ ん ぶ 映っている。
球の表面に。

二枚の鏡を合わせてごらん。
合わせ鏡の中に、無限が ぜんぶ 映っている。



posted by 辰多みか at 23:59 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年10月18日

超弦理論はなぜ9次元空間必要なのか

先日、興奮しつつNHKの「神の数式」2夜連続で見たわけですが、
その、第二夜のテーマ「超弦理論」の、とってもわかりやすい本が
あったから、買って読んで見たよ。

「大栗先生の超弦理論入門」-大栗博司- ブルーバックス \980(税別)

超おもしろい! わかりやすい!
物理や数学や宇宙に興味がなくても、秋の夜長の読み物として
読んでも面白い。
眠れない時のアルコール(ナイトキャップ)がわりにも、いいよ。(笑)
中学生だとなんとかついてこれるかなくらいだけど、
高校生以上だったら、だいじょうぶ。
なんてったって縦書きだから。(数式があんまり出てこない!)

そして、読んでみて思った事は、
やっぱり「無限」は魔境なのだという事。
超弦理論、M理論を持ってしても、ゼロと無限を記述する事ができていない。
9次元空間(=10次元時空)を導き出す、オイラーの公式からも、あたしはそう思う。
これらの理論は、やはり、「真理の近似」なのだと。

なぜ、9次元空間が必要なのか?
9次元空間というのは、あたしたちが住もうと思ったら時間が必要で、
イコール、10次元時空に、なるんだけどね。
9次元空間=10次元時空を導きだす数式が、とても面白かった。

その内容まで書いちゃうと、ネタバレになってしまうので、
詳しくは、本を買って読んでほしいのだけど、
その時使うのは、オイラーの公式、
1+2+3+4+5+…=-1/12 という、驚愕の公式なのだ。
「無限」って、「マイナス1/12」 なんですって。
びっくりするよね。
でもね、これは、ゼロの膜を破裂させないように、うまーく、中身だけくり抜いて
導き出した答えなんだよ。
「いかに皮ギリギリまでメロンを食べるか」
なの。
そこに真理が隠れてると、あたしは思ってるの。生命の。

この本では、最後の最後、とんでもない結末が待っている。
それは、まあ、オビにも書いてあるから、思いきりネタバレなんだけど、
「空間とは幻想だった」のです。
これが、最新科学が出した答えなの。

な〜んだ! だよね!(笑)。
そんなの、お釈迦様が、二千年以上前から、口酸っぱく言ってるじゃん!(笑)
ワンネスを経験すれば、誰でも、涙と笑いと至高に包まれて、体験する事じゃん!
て、科学と哲学が、ギリギリ近くまで来ている事を、実感しました。

(でも、科学と哲学は円ではつながらないんだよ。
円でつながったかのように見えるけれど、それはみせかけで、
横から見ると、らせん状になってて、一段だんちがいに、なってるの。)

posted by 辰多みか at 16:36 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年09月26日

「神の数式」の答え。

この間のNHKの「神の数式」第一回・第二回。
なんか知らないけど、面白かったな〜。
むかーし昔、NHK特集を見て、ワクワクしたのってこんな感じだったなーと
思い出したな。
まあ最近(去年)も、ダイオウイカを見てワクワクしたばっかだけど。
昔のは、「コスモス」とか面白かったな。カール・セーガン。
あらっ、コスモスは朝日テレビだわ。

「神の数式」が、今後、どう発展していくかは、あたしはわからない。
あたしが"感じる"のは、神は、ひとつの数式では表せない ということ。
そのたくさんの数式を、代入して代入して・・・式を整えていけば、
ナニか、出るのかもしれないけど…

今の物理学体系のままでは、「神」を表す事はできない。
なぜかというと、今の物理学体系は、全て「近似」で成り立っているから。

しつこいくらい書くけど、
本当の何もない 「ゼロ」と、
極限の、ほとんどゼロだけど「無」ではないゼロを、
いっしょくたにしてる時点で、ダメだ。

無限大と無限小とゼロの所に、生命の秘密があるんだから、と、あたしは思う。

数式がどうなるのかは、あたしはわかんないけど、
「答え」だったら・・・想像つくよ♪

イコールの、右側 だったら、わかるよ。


その「答え」はね、


「1」だよ♪
(断言したー笑)


むしろ 1 にならなければ、神とは言えない。(キッパリ)
ワンネスを経験した人は、わかるよね。



1 かー、どうやって導きだそうかな。

この世は2乗ででできている(→『世界は2乗でできている〜
自然にひそむ平方数の不思議』小島寛之サン 未読です)
のだったら、

(-1)^2 =1 で、
オイラーの等式の2乗 とか、どうかしら。
みんな考えつきそうだな。

※→第1回の感想♪
※→第2回の感想♪
posted by 辰多みか at 16:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年09月25日

無限はどこにあるのか

身近ではね。

たぶんね。

合わせ鏡 の間にあると思うよ。
そう、あの、自分と自分の後ろ姿が、永遠に続くかのような、
あの合わせ鏡の、鏡像。
posted by 辰多みか at 23:56 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年09月18日

無限大と三人の学者たち 物理・数学・哲学

無限大は、∞ 
どこまでも果てしなく続く。ところで果ては、あるの?

無限小は、1を無限大で割ったもの。 1/∞
どこまでも果てしなく、ゼロに近づく。ゼロになる事は、あるの?


「数式の中に無限大・無限小が出てきたら、どうする?」

物理学者に聞くよ。
「どうする?」→物理学者「どうって・・・どうしようもない!物理では扱えない!
物理学者は無限大の扱い方を知らない。お手上げだ。
そうだ数学者だったら無限大の扱い方を知っている。
数学者に聞いてくれ。」

数学者に聞くよ。
「どうする?」→数学者「簡単じゃないか。極限を使えばいい。
1/n の n値のlimが無限大に近づけば、1/n の極限はゼロに収束する。」

哲学者に聞くよ。
「どうする?」→哲学者「ゼロになるわけがないじゃないか。愚か者。」



あたしは、哲学者よりの考えだ。
あたしはこう思う。
無限大と無限小のところに、生命の秘密がある。
「極限」の考えを捨てなければ、「いのち」を解き明かす事はできない。
ゼロで1(数)を割ると、新しい命が、大いなるひとつの命から、分離して誕生する。
posted by 辰多みか at 16:19 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年08月23日

「風立ちぬ」アキレスとカメ

風立ちぬを見たから、感想を書いたのだけど、
そういえば、「アキレスと亀」に、超反応したあたしだったのに
昨日の感想に書くのを忘れたわ。

映画中では、日本の技術が外国(ヨーロッパ)に、遠く遅れをとっているから
追いつこう、というたとえ話に、「アキレスとカメ」を使っていた。

カメが外国、アキレスは、日本。
20年も遅れている我々アキレスは、歩みを速くして、外国である亀に追いつこう、と。
「アキレスとカメ」は、いわずとしれた、「数学のパラドックス」で、
いまさら説明もいらないかもしれないし、あたしもそう思ってたから、
この日記には、最初からさんざんアキレスとカメを出してきたけど、→コレとか →コレ 説明してこなかったな(笑)。

いまさら説明すると、こんなパラドックス。
ゼノンのパラドックス というの。

アキレスとカメが競争するのだ。どっちが勝つか、という問い。
カメが歩き出す。速度はなんでもいい。
アキレスは、当然カメより足が速いから、ハンデをつけて、カメが少し時間的に先に出発する。
アキレスがカメが歩き出した地点まで到達すると、
カメはアキレスが移動にかかった同じ時間分、アキレスより先へ行っている。
その先同じように、カメが通過した地点まで、アキレスが到達すると、
カメは同じ時間分、先へ進んでいて、決してアキレスは
カメに追いつけれない、追い越せない、というもの。

それを観客としてあたしたちが見てみると、
最初は、アキレスはとっても早く進むのだけど、カメに追いつかないように、
どんどん速度が落ちてしまう事になる。
そして、絶対に追いつけないの。

現実世界ではありえないわ(笑)。

これはどういうことかというと、
わかりやすく、カメとアキレスの速度の違いを 2倍 として、
アキレスのスタート時間においての、アキレスとカメの距離を 1 とすると。
(この 1 は、1メートル という意味ではなくて 単位は無いの。
別に、1メートルとしても問題はないのだけど。)

アキレスは、スタートした次の瞬間には、1/2の距離まで到達した事になる。
カメは当然先に進むのだけど、その進んだ分は、計算上はアキレス側の1/2にくりこまれる事になる。
だから、実際はカメは動いているのだけど、計算上は、ゼロ地点にいて動いていないと思って良いよ。
次の瞬間、アキレスは、その残りの距離の1/2まで移動できる。
そう、その次も、その次も。
残りの距離の、1/2まで。
ということは、絶対に、ぜ っ た い に 、ゼロ地点までは、行けないのだ。
アキレスは、カメに追いつけないのだ。

これは、極限 の問題なの。
微分積分で、極限をどう扱うか、なの。
もしも、1=0.99999999999999・・・という、微積の定義に従うと、
なんと、アキレスはカメに追いついちゃうの。

とまあ、アキレスがカメに追いつく、というパラドックス回避法は
今は横に置いておいて、ゼノンの言いたかった事は、「アキレスはカメに追いつかない」。

その、パラドックスを、映画のセリフで主人公にしゃべらす事に、
ものすごい違和感を覚えた。

だって、「アキレスはカメに追いつかない」んだよ?
日本がいくらがんばったって、その前提だったら、外国に追いつくわけないじゃん。
冗談で言ってるならともかく。
(主人公とその友人は、大真面目っぽかったわ)
数学者ではなくて設計者とはいえ、数字を扱う者として、「言ってはいけない事」だと思うよー。
しかも、カメのほかに、「アヒル」とか言い出して、ぎょっとしたわ。
(ホントに知ってれば、そんなコト言わない)
あるまじき行為だ。

現実世界で、アキレスはカメに追いつくばかりか追い越して、はるか先にまで行けちゃうのは、
それはね、
「アキレス」と「カメ」が、完全に別人だからなんだよ。
パラドックスの中身は、「1」の中で「1/2」「1/2」・・・、と切り取るから、起こる事なの。
「アキレス」と「カメ」が別人という事は、お互い、「1」どおしだから、
ゼロの極限が回避できるんだよ。
あたしは、その事について、4年くらい前からず〜っと考察してるんだ。
posted by 辰多みか at 16:44 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年06月09日

"数「1」"って"濃度「100%」"の事だわ。


あたしが、再三書いている、この世にある数は、「1」だけ。

(あと、「1」であるために必要な「ゼロ」)

とは、


数「1」では、正確ではなくて、


濃度「100%」の方が、正しいな。

濃度 でもいいし、割合 でもいい。

濃度100%という意味の、「1」


昨日の日記を読み返してみて、

あっ、そうだわ〜と思ったよ。


だから、「1」である神様に「0.99999…のアキレス」と「0.99999…の亀」が

溶けても、「1」っていう、イメージだったんだよね。(イメージ、あくまでイメージね)

「1」=「0.99999…」+「0.99999…」 って、数式的におかしいからね。

濃度でいうと、アキレスと亀は、それぞれ、99.999999999999…%と99.999999999999…%だよ。

…のところは、9 が無限に続くという意味だよ。


濃度(割合)が100%ということは、円でいうと、πr^2 という意味 だよ。

円周率を使った、円の面積そのものね。


濃度(割合)がたとえば、99.999999999999…%とすると、その意味は、

πr^2 に対して、占める面積が 99.999999999999…% という意味だよ。

うーん、伝わるかなぁ。


いいかえると、円に内接する多角形が、どのくらいの角の数を持ってるか、ということだよ。

角の数が多いほど、円に近くなるよね。だけど、辺を直線で表すかぎり、絶対に、

πr^2 と同一の面積にはならないの。

"極限"の話しなんだけど。

また以前のを書くと、「いかにメロンを皮ギリギリまで食べるか」だよ。

皮まで食べちゃえばいいんだけど、皮はたべられないからね。

堅くてまずくて味がなくて、だいなし! になっちゃうからね。

せっかくうまく(美味く)計算できそうだったのに、皮(ゼロ)を入れたとたんに、

破綻してしまうからね。味が。




あー、πr^2とか、そういう一見難しそうな説明をしたくないんだ。

もっと、誰もが、イメージでわかる、そういう説明をしたいの。

それがあたしがこの日記を書いてる目的のひとつでもあるんだ。


でも、「1」が「濃度100%」 だと、書けてよかったわ。

posted by 辰多みか at 23:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年06月06日

微積で表せるモノ


生きてる猫

死んでる猫



微分積分の数式では、

死んでる猫(の遺体)しか 表せない。
posted by 辰多みか at 23:03 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

水銀の表面張力


水銀のねぇ、

体温計あるじゃん。

あれ、割れた時、水銀がコロコロ出るでしょう。

もう今は、水銀計もあんまり使わないかな。


そう、水銀は、

表面張力が強力で、

液体なんだけど、つぶつぶにもなれる。

あの感覚。


水銀を寄せ集めると、すぐにひとつにまとまる。

でも、ちょんって、分けるように指で触ると、

水滴みたいに、こんもりした、水銀滴(?)になる。


あれ、あれ、あの感覚なの。

水銀は毒だけど、手に浸透はしないから、触ってみてよ。

(吸ったり飲んだりしたらダメだよ)



ひとつになる事が、スピリチュアルでいう、ワンネスで、

あたしはその事を「神様」と呼んでいて、

それが「本当の自分」で「真理」なの。


でもなぜか、人は人として生まれると、

ワンネスを忘れてしまうの。


うーん、忘れるように、もともと約束してある、というか?

それが、その約束が、法則 というか?


水銀が水銀滴になる時、表面張力でちんまり丸くなるけど、

それが、人、ひとりひとりなんだよね。

数もそうなんだよ。

数っていうか、ハッキリ言っちゃうと、「1」だ。「1」がそうなの。


「1」がいっぱいあつまって、大きな「1」になるの!

なんだそれ、だよね(笑)


そのね、水銀滴に、心があるとするとね、

水銀滴は、大きなひとつに"なりたくない"から、

他の水銀滴との、物理的接触を避けるの。

だって、触れたら、くっついちゃうもんね。

「くっついちゃう」というのは、自分が無くなる、という事を意味するよ。

だから、「心」というのは、他と自分を隔てるために必要な(と自分は思ってる)ものなの。

ここで「心」と書くと、誤解を招くから、「心」は「自我」と書き変えるよ。


「自我」は他と自分を隔てるもの。

それは「ゼロ」だよ。数字でいうと。

「ゼロ」というのは、「他とつながっていない」・「つながりがゼロ」という意味なんだよ。

あたしは、「存在意志」が「ゼロ」だと思うんだ。

だから、たぶん、「存在したい水銀滴」は、他の水銀滴から、逃げ回るのだ!!

「自我」があると「動けるようになる」んだねぇ。

いや、これはあくまでもたとえだから、水銀滴が本当に動くわけじゃないよ。


でね、なにかのきっかけで、存在したくなくなると、表面張力が無くなっちゃうの。

今、水銀滴にしぼって話しをしてるから、物理的にヘンな表現でアレだけど、

まあ、表面張力がなくなっちゃうという感じなの。イメージして。


そうすると、ほかの水銀とくっついてしまうよ。

その時、もともとのひとつぶの水銀滴は「1」から「0.99999999999999999999…」に、なるのだ。

存在意志が無くなると、まわりを隔てる「ゼロ」が無くなって、「1」は「0.999999999999…」になるのだ。



あたしは、数と生命の秘密は、そこに、

「1」と「ゼロ」生
「0.999999…」死

に、


あるんじゃないかと、思ってるの。


それを代入して、素数の謎がとけたらいいな〜と思ってるの。

ABC予想とか。

リーマン予想とか。

素数の謎がとけたら、素粒子(量子)の、とびとびの謎もきっとわかるよ。


でも、あたしは面倒臭いから、数式を解く前で、立ち止まってるの。

だから、ずっと数の事を考えていたい、とか

願っちゃうんだよな〜。



一生考えてろ>自分



あはは。



昨日の日記で、気にいった表現が出たから、

もう一度書いちゃう。


『微積ってさ、

 いかに皮ギリギリまでメロンを食べるか、に、似ている』


うふふ。

「綺麗にくりぬいたよね〜」って感じ。




数の世界でいうと、「皮」は、「ゼロ」だから、

数式で扱えないのです。

「皮」に一瞬でも触れると、破裂してしまう。

数式が破裂してしまう。

破綻してしまう。

発散してしまう。

特異点なの。




だから、微分積分で、近似値をとることしかできない。

ほんとうのほんとうは、「皮」まで、認識する事なのにね。

その「皮」まで扱った数式で素数を探れば、

生命の秘密がわかると思うんだよ。



うん、数ってね、

さくらんぼもちみたいに一個一個、隣とくっかないように、表面がサラッとしてるのよ。

べたべたしてないの。


posted by 辰多みか at 23:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年05月04日

五大


前に、五行思想の事を書いたよね。

木・火・土・金・水

これって、あたしは、しっくりこなかったんだけど、


五大 の方だったら、しっくりくる♪


地(ち)・水(すい)・火(か)・風(ふう)・空(くう)


空は、虚空・あかしあ・あけいしあ・あーかーしゃ。

ほぼゼロだけど、ゼロじゃないんだよ〜。

空というのは、無限小であって、1/無限小にすると、

無限大になるんだよ〜。

と考えてるのは、あたしの考えなんだけどね。

0.0000000000000000000000…1 で 1を割ると、

大変に大きい数字になっちゃうんだよ〜。
posted by 辰多みか at 23:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年02月17日

シュレディンガーの猫


前も書いたけど。

シュレディンガーの猫は、


生きてる場合 1 

死んでる場合 0.99999…


だと思うよ。


もっと言うと、


1=0.99999…+0

だと思うよ。


+0というのがくせもので、

単純に + という意味ではなくて、0.99999…を包んでいる、という意味だけど。



さてさて、箱の中の猫は、どうなっているでしょう?


あたしたちが箱をあけてみるまでは、猫の生死は、わからない。

だから、別に、生死は、「どうでもいい」と、あたしたちは思ってるんだ。

だって、気になるんだったら、もともと箱を閉めなければ良い。

箱を閉めちゃった時点で、もう、猫が死のうが生き延びようが、どうでも良い。


それが、観察者としてのあたしたち。

だから、箱を開けた時点で、生死がはっきりわかれば、なんの問題もない。それで良い。


猫は、そういう扱いを受けている。

そういうことだ。


それが猫にとっての「確率」だ。

生い立ちとか性格とか、まず、何故ターゲットにされてしまったのかとか、

あとは観察者側の道徳的な考えに由来する、

「酷い扱いを受ける確率」が、高いのか低いのか。

そういうこと。



じゃあ、箱に入っている猫にしてみたらどうだろう。

猫は、たぶんもちろん、箱に入っているのは嫌だ。

箱の中でリラックスできるだろうか?


あ、猫だから、リラックスするかもしれない…。

どうしよう。


あ、まあ、いいや。

嫌ということにしておく。


猫は、たぶん、リラックスできない。

自分の命の危機を感じてるはずだ。

だから、意識をとぎすませる。

外にも意識を向けるが、自分自身を感じる意識は、よりはっきりしてるはずだ。


自分がどうなってるか、どうなるのか、常に意識する。


すると、猫は、自分自身に見られているので、

猫の状態は、生か死か、どちらかの形しか取れない。

ある時装置が発動して死ぬまでは、生きてる。


それがシュレディンガーの猫だよ。

それは、箱に入ってる猫だけじゃなくて、

箱に入ってない、あたしたちだって、同じ状態なんだよ。



本当に、自分自身に向けてる意識を、取り払える事ができたら、

そこにはきっと、生も死もない。

たぶん、どちらでもかまわない。


だって、この世界は、みんな同じ、みんなひとつ。

あたしが死のうと生きようと、

世界は、世界の全体量は、

なにひとつ、変わらない。


そこには喜びしかない。愛しかない。

生死もない。

そう思うの。

posted by 辰多みか at 00:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2013年01月04日

降りてきた言葉


「変化には痛みを伴う」



おーー、そうだよ。言葉が降りてきた。

そうだ、これは真理だ。




あたしは、この正月、ついたちそうそう、

「実家で飼ってる猫が飼い主にお土産で捕ってきたモグラが死ぬのをたまたまスマホで撮った動画」

を、実家で見た。


動画の中で、実家のみんなは猫のお土産にわーわー言っていて、そのうちモグラの背中が

腰から頭の方へ何回か波打ったかと思うと、ぴたりと止まって動かなくなった。

またみんなはわーわー言っていた。そういう映像。

実家のにゃんこの愛溢れるお土産だけど、やはりなにか考えさせられるものがあった。

(ちなみに一週間に一回は鳥を捕ってくるらしい)
posted by 辰多みか at 00:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

古代日本文字の「ナ」

古代の日本語(倭語?)に超興味があった時期があって、

ネットでいろいろ見たんだけど、その時あたしの目を奪ったのは、

「な」の文字。


「な」は、「ナ」と書く。あたりまえじゃん、といわれそうだけど、

あたりまえだけどあたりまえじゃない。

なぜなら、この古代文字「ナ」は、ひらがなカタカナが出来る、ずっと以前から

日本にあったといわれる文字だからだ。

ひらがな以前に日本に文字は無かった、という一般常識だけど、

実は、違うらしいのだ。



そして、その「ナ」の形が表すものは、「魚」。

古代日本文字には、なん種類かあるんだけど、

だいたいどれにも共通してるのが、「ナ」は「さかな」だということだ。



その、ほかの種類の「ナ」の文字には、そのまんま魚の形の文字があり、

(目もしっぽもついてるよ)

今見てる「ナ」という文字も、左ななめ下に頭を向けた魚の形だよ。



さてここで、なっぱ、さかな、まないた、うお、に登場してもらいましょう。


古代の日本文字のうつりかわりを見てけばわかるけど、

ナ には、もともと魚という意味があったみたいなんだけど、途中から、

食べ物全部を「ナ」と呼ぶようになってしまった。


なっぱ とか、青菜 とか、「ナ」というものは、現代では、葉物野菜を指すよね。

それは、その時、食べ物全体を「ナ」と呼ぶようになってしまった名残なの。たぶん。


肴 というのは、つまりは、酒の肴(さけのさかな)、白い白馬みたいだけど、

酒を飲む時に食べる「ナ」をわざわざ「サケのナ」として区別したのが、

肴 という意味だよ。肴は、なっぱでは役目不足だから(実際お酒を飲めばわかるよね)

やっぱりたんぱく質が好まれる。肉とか魚とか。古代の日本では、ダントツに魚の方が

手に入りやすかったでしょう。だから、酒の肴、転じて、「さかな」=「魚」になったんだよ。


で、まないたは、「ナ」を切る板なんだけど、

「ナ」に食べ物全部っていう意味づけがされてしまったので、

「魚」を乗せる板を、本当という意味の「真」(ま)をつけて、

本当のナ、従来の意味のナ、つまり「真ナ」で、まな としたの。

だから、まないた の「まな」は魚の事なんだよ。



「魚」は「うお」とも読むよね。

「ナ」と「うお」の違いはなんだろう。


江戸時代かそこらの学者の人が(誰だか忘れてしまった)

調べてまとめた文書が残ってるんだって。



その人によると、

「ナ」は、水からあがった(泳いでいない)状態、食材の状態、

さらに食料として調理された状態、つまり、生きていない(死んでる)魚 という意味で、


「うお」は、水の中でいきいき泳いでいる魚 という意味 だそうだよ。




また数字に行っちゃうけど、


「ナ」は「0.9999…」で、

「うお」は「1」だな と感じる。




日本語深いな〜

もっと古代文字知りたい。
posted by 辰多みか at 00:01 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

これから探求するキーワードの覚書き。


あたしの感覚と似た感覚を持ってる理論

ことわっておくけど先にこれらの理論を読んで、感覚があたしに降ってきたのではない。

「神との対話」の本を読むのと同じように、自分の感覚の確認作業だよ。(偉そう?)

答え合わせみたいなもの。

今時間がないから、時間ができたときに、じっくり探求する。そのための覚書き。


p進タイヒミュラー理論

p進数

望月新一さん

テイト・シャファレビッチ群

楕円曲線

---以上、覚書き。


あたしの感覚とは、

1は、絶対に0.9999999999999999… と同じものではない、という感覚。

アキレスは、絶対に、カメに追いつかない、という感覚。


もし、1と0.9999999999999…が同じものだったら、アキレスはカメに追いつく。

けれども、そうではない。1と0.999999…はイコールでむすべない。


なにかの理論で(なんだったか忘れたけど)、アキレスはカメに追いつけるよと、論破したかの

ように言うのは、それは、1=0.9999999…という考えのもとで言ってるだけであって、

もともと、追いつく設定になってるから、というだけである。




現実世界ではカメに追いつき、抜くことができるけど、その理由は、アキレスとカメは、完全に別人だからである。

(カメが人ではないというつっこみはおいといて)


それと、進む方向が、トラックの線でも、暗黙の了解でもなんでもいいけど、ふたりの間で決めてあり、

到達地点の判定基準線も、進む方向に直角、とちゃんと決めてあるからである。

(だって、追いつきそうになった瞬間、その判定基準線が移動したら、判断できないでしょ。

たとえば、ゴールテープを持つ人たちがカメびいきで、追いつきそうになったら片っぽの人は

カメの隣に居て、もういっぽうの人は、テープの先が常にアキレスの前に行くように、

円運動させたら、判断できないでしょう。アキレス側の人はすごい勢いでぐるぐる回らなければならないけど。

あ、アキレスも回るか。コントみたいだ。)




現実世界のアキレスとカメの間にあるのは、各々を輪郭づくる、ゼロで、

それが、別人 という意味で、


ゼロは、切れ目 という意味。

連続していないという意味。

ドーナツの穴も、同じ意味。

そしてゼロは膜みたいなものだけど膜が「有る」のではなくて、そこには何も「無い」。



別人というのは、アキレスとカメが、個々に、完全な「1」を持っているということ。


それは、0.999999…の状態では、皮膚が無い人間のようであり、

皮をむいたリンゴのようであり、あ、ちょっと違うな。




0.9999…は、確かにモノ(数)の本質だけど、もしもそれだけでヒト(=1)を表せるとしたら、

ちょっと怖いこというけど、



切られて、命がなくなっちゃったヒトと、

生きてるヒトを、同じものだと言ってると同じことだ。




ゼロの膜がない、0.999999…は、生きていられない。

ゼロの膜があって、はじめて、「1」という形を取れる。


そう思うんだ。





数の世界で、実数というのは、ただの「見た目」で、幻で、

(それは ゼロも 1も 2も みんな同じ、「見た目」、ただの区切り線というか点。

原点にゼロという数を当てるという約束だけで、本当の何も無いという意味のゼロではない)


ほんとうは、数とは、ゼロの膜を持った、「1」が、くっつきあってできている、

みたいな、世界なのだと思う。


接着されてないから、数をそのまま(1のまま)、バラバラにする事も可能だよ。

一カ所を押すとぴょこっと飛び出る。そう、ちょうど、ピアノの鍵盤みたいに。

あたしは、その「数」の手触りは、四角いグミだな。まわりに薄氷みたいな砂糖がついてるやつ。

ゼリー菓子はなんとなく違うな。(まわりの砂糖がグラニュー糖だから)

うん、そうそう、「さくらんぼもち」がぴったりだね。(駄菓子屋に売ってる、あの、つまようじで食べるやつ)




その感覚を探求したいの、

暇になったら。





ああ、もしかして、シュレディンガーの猫 って


生きてる猫 「1」

死んでる猫 「0.9999999999999999…」


ということなの?

だから 1=0.9999999999…なの?



生きてるから「1」⇔命が「無い」から「ゼロ」ではなくて、

(生きてる猫「1」 死んでる猫「0」ではなくて)、


「無い」のは、自分を自分として確立する、自分で自覚する、自分で認識する、ための、

「意識」が無い っていうことなの?

存在意志 っていうか。



だって肉体としての体は、生きてても死んでも有るよね。
posted by 辰多みか at 00:00 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2012年10月03日

物理学体系は 全て「近似」で成り立っているんだって

やっぱそうだったんだー

ゼロが来ちゃうと、風船がパンと割れるみたいに、
答えが破滅(破裂?破綻?)しちゃうもん。


ゼロの殻をやぶらないように、内側を、全部、綺麗にくりぬくための数式を
つくらないと、計算できないんだもん。


それが 近似 なんだよ。
posted by 辰多みか at 00:06 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする

2012年07月28日

いちたすいちはに

1+1=2


この計算は


私+あなた=2

では、決して 無い






だって 私が男で
あなたが女だったら

増えちゃうかも

3になっちゃうかも


長年 中が良い夫婦になっちゃったら

もっと ふたけた とか 増えちゃうかも。

逆に、砂糖1カップ+水1カップを足しても
体積は 2カップ に ならないんだよね。
実際には 2カップ 以下で、 ほとんど増えてないみたいにも、見えるんだよね。



だから、1+1=2 が成り立つのは、

まったく同じ性質のものでしか 計算できない

この世に まったく 同じ 性質のものって 有るか?

無いよね


「まったく」 が大事だよ。

「ほぼ同じ」はたくさんあるけど

現実的には「まったく」同じは 無い


だから 厳密にいうと 1+1 の計算は 現実世界の計算ではないんだ



どこが まったく同じものが存在する世界だと思う?



「自分の中」だよ
「自分の中」で数を考えれば その数は まったく 同じ 数

posted by 辰多みか at 00:05 | 「1」と「0.99999…」 | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。